死者の書 - 4

ひさかたの  天二上(アメフタカミ)に、
我(ア)が登り   見れば、
とぶとりの  明日香(アヌカ)
ふる里の   神南備山隱(カムナビゴモ)り、
家どころ   多(サハ)に見え、
豐(ユタ)にし    屋庭(ヤニハ)は見ゆ。
彌彼方(イヤヲヂ)に   見ゆる家群(イヘムラ)
藤原の    朝臣(アソ)が宿。
 遠々に    我(ア)が見るものを、
 たかに  我(ア)が待つものを、
處女子(ヲトメゴ)は   出で通(コ)ぬものか。
よき耳(ミヽ)を   聞かさぬものか。
青馬の    耳面刀自(ミヽモノトジ)。
 刀自もがも。女弟(オト)もがも。
 その子の   はらからの子の
 處女子の   一人
 一人だに、  わが配偶(ツマ)に來(コ)よ。
ひさかたの  天二上(アメフタカミ)
二上の陽面(カゲトモ)に、
生ひをゝり  繁(シ)み咲く
馬醉木(アシビ)の   にほへる子を
 我(ア)が     捉(ト)り兼ねて、
馬醉木の   あしずりしつゝ
 吾(ア)はもよ偲(シヌ)ぶ。藤原處女
歌ひ了へた姥は、大息をついて、ぐつたりした。其から暫らく、山のそよぎ、川瀬の響きばかりが、耳についた。
姥は居ずまひを直して、嚴かな聲音(コワネ)で、誦(カタ)り出した。
とぶとりの 飛鳥の都に、日のみ子樣のおそば近く侍る尊いおん方。さゝなみの大津の宮に人となり、唐土(モロコシ)の學藝(ザエ)に詣(イタ)り深く、詩(カラウタ)も、此國ではじめて作られたは、大友皇子か、其とも此お方か、と申し傳へられる御方(オンカタ)。
近江の都は離れ、飛鳥の都の再榮えたその頃、あやまちもあやまち。日のみ子に弓引くたくみ、恐しや、企てをなされると言ふ噂が、立ちました。
高天原廣野姫尊(タカマノハラヒロヌヒメノミコト)、おん怒りをお發しになりまして、とう池上の堤に引き出して、お討たせになりました。
其お方がお死にの際(キハ)に、深く思ひこまれた一人のお人がおざりまする。耳面(ミヽモ)刀自(トジ)と申す、大織冠のお娘御でおざります。前から深くお思ひになつて居た、と云ふでもありません。唯、此郎女も、大津の宮離れのときに、都へ呼び返されて、寂しい暮しを續けて居られました。等しく大津の宮に愛着をお持ち遊ばした右の御方が、愈々、磐余(イハレ)の池の草の上で、お命召されると言ふことを聞いて、一目見てなごり惜しみがしたくて、こらへられなくなりました。藤原から池上まで、おひろひでお出でになりました。小高い柴の一むらある中から、御樣子を窺うて歸らうとなされました。其時ちらりと、かのお人の、最期に近いお目に止りました。其ひと目が、此世に殘る執心となつたのでおざりまする。
もゝつたふ 磐余(イハレ)の池に鳴く鴨を 今日のみ見てや、雲隱りなむ
この思ひがけない心残りを、お詠みになつた歌よ、と私ども當麻(タギマ)の語部(カタリベ)の物語りには、傳へて居ります。
その耳面刀自と申すは、淡海公の妹君、郎女の祖父(オホヂ)君南家太政(ナンケダイジヤウ)大臣には、叔母君にお當りになつてゞおざりまする。
人間の執心(シフシン)と言ふものは、怖(コハ)いものとはお思ひなされぬかえ。
其亡き骸は、大和の國を守らせよ、と言ふ御諚で、此山の上、河内から來る當麻路の脇にお埋(イ)けになりました。其が何(ナン)と、此世の惡心も何もかも、忘れ果てゝ清々(スガヽヽ)しい心になりながら、唯そればかりの一念が殘つて居る、と申します。藤原四流の中で一番美しい郎女が、今におき、耳面刀自と、其幽界(カクリヨ)の目には、見えるらしいのでおざりまする。女盛りをまだ婿どりなさらぬげの郎女さまが、其力におびかれて、この當麻(タギマ)までお出でになつたのでなうて、何でおざりませう。
當麻路に墓を造りました當時(ソノカミ)、石を搬ぶ若い衆にのり移つた靈(タマ)が、あの長歌を謳うた、と申すのが傳へ。
當麻語部媼(タギマノカタリノオムナ)は、南家の郎女の脅える樣を想像しながら、物語つて居たのかも知れぬ。唯さへ、この深夜、場所も場所である。如何に止めどなくなるのが、「ひとり語(ガタ)り」の癖とは言へ、語部の古婆(フルバア)の心は、自身も思はぬ意地くね惡さを藏してゐるものである。此が、神さびた職を寂しく守つて居る者の優越感を、充すことにも、なるのであつた。
大貴族の郎女は、人の語を疑ふことは教へられて居なかつた。それに、信じなければならぬもの、とせられて居た語部の物語りである。詞の端々までも、眞實を感じて、聽いて居る。
言ふとほり、昔びとの宿執(シユクシフ)が、かうして自分を導いて來たことは、まことに違ひないであらう。其にしても、つひしか(つひしかに傍点)見ぬお姿――尊い御佛と申すやうな相好が、其お方とは思はれぬ。
春秋の彼岸中日、入り方の光り輝く雲の上に、まざと見たお姿。此日本(ヤマト)の國の人とは思はれぬ。だが、自分のまだ知らぬこの國の男子(ヲノコヾ)たちには、あゝ言ふ方もあるのか知らぬ。金色(コンジキ)の鬢、金色の髮の豐かに垂れかゝる片肌は、白々と袒(ヌ)いで美しい肩。ふくよかなお顏は、鼻隆く、眉秀で夢見るやうにまみ(まみに傍点)を伏せて、右手は乳の邊に擧げ、脇の下に垂れた左手は、ふくよかな掌を見せて……あゝ雲の上に朱の唇、匂ひやかにほゝ笑まれると見た……その俤。
日のみ子さまの御側仕へのお人の中には、あの樣な人もおいでになるものだらうか。我が家(ヤ)の父や、兄人(セウト)たちも、世間の男たちとは、とりわけてお美しい、と女たちは噂するが、其すらも似もつかぬ……。
尊い女性(ニヨシヤウ)は、下賤な人と、口をきかぬのが當時の世の掟である。何よりも、其語は、下ざまには通じぬもの、と考へられてゐた。それでも、此古物語りをする姥には、貴族の語もわかるであらう。郎女は、恥ぢながら問ひかけた。
そこの人。ものを聞かう。此身の語が、聞きとれたら、答へしておくれ。
その飛鳥の宮の日のみ子さまに仕へた、と言ふお方は、昔の罪びとらしいに、其が又何とした訣で、姫の前に立ち現れては、神々(カウヾヽ)しく見えるであらうぞ。
此だけの語が言ひ淀み、淀みして言はれてゐる間に、姥は、郎女の内に動く心もちの、凡は、氣(ケ)どつたであらう。暗いみ燈(アカシ)の光りの代りに、其頃は、もう東白みの明りが、部屋の内の物の形を、朧ろげに顯しはじめて居た。
我が説明(コトワケ)を、お聞きわけられませ。神代の昔びと、天若日子(アメワカヒコ)。天若日子こそは、天(テン)の神々に弓引いた罪ある神。其すら、其後(ゴ)、人の世になつても、氏貴い家々の娘御(ゴ)の閨(ネヤ)の戸までも、忍びよると申しまする。世に言ふ「天若(アメワカ)みこ」と言ふのが、其でおざります。
天若みこ。物語りにも、うき世語(ヨガタ)りにも申します。お聞き及びかえ。
姥は暫らく口を閉ぢた。さうして言ひ出した聲は、顏にも、年にも似ず、一段、はなやいで聞えた。
「もゝつたふ」の歌、殘された飛鳥の宮の執心(シフシン)びと、世々の藤原の一(イチ)の媛に祟る天若みこも、顏清く、聲心惹く天若みこのやはり、一人でおざりまする。
お心つけられませ。物語りも早、これまで。
其まゝ石のやうに、老女はぢつとして居る。冷えた夜も、朝影(アサカゲ)を感じる頃になると、幾らか温みがさして來る。
萬法藏院は、村からは遠く、山によつて立つて居た。曉早い鷄の聲も、聞えぬ。もう梢を離れるらしい塒鳥が、近い端山(ハヤマ)の木群(キムラ)で、羽振(ハブ)きの音を立て初めてゐる。

死者の書 - 5

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